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名古屋地方裁判所豊橋支部 昭和47年(ワ)60号 判決

原告

井上定吉

ほか一名

被告

仲山徹

ほか二名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  請求の趣旨

被告らは各自原告らに対して各自六〇〇万円及びこれに対する被告加藤行二は昭和四七年四月一日から、同仲山徹、同仲山寛は同年同月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決を求める。

三  請求の原因

(一)  訴外亡井上幸男(昭和二六年六月一七日生)は次の交通事故で死亡した。

1  日時 昭和四五年九月二五日午前九時頃

2  場所 豊橋市小浜町一二三番地先路上

3  運転者 被告仲山徹

4  加害車両 軽四輪自動車8三河か五八六一号

5  保有者 被告加藤行二

6  事故の態様及び過失の内容

被告仲山徹は、亡井上幸男を右自動車の助手席に同乗させて、右道路左側を南進中対向車があつたのでこれを避けようとしたのであるが、このような場合道路左端の路肩に落ちないようにハンドル操作をなし、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、ハンドルを左に切りすぎた過失により路肩に左前輪を落し、更に電柱に自動車を衝突させたため電柱が折れて右自動車の上に倒れ、前記井上幸男に対し左急性硬膜下血腫頭蓋骨骨折の傷害を負わせた結果、同人を昭和四五年九月三〇日死亡するに至らしめたものである。

(二)  原告両名は亡井上幸男の父母であるから、右同人の死亡により右同人の権利義務を相続した。

(三)  被告仲山徹は民法七〇九条により、同仲山寛は、被告仲山徹(昭和二六年六月八日生)が未成年者であつたから、同被告が無免許運転をして他人に損害を与えないように同被告を監督すべき義務があるにもかかわらず、これを怠つたものであるから民法七一四条により、被告加藤行二は自動車損害賠償保障法三条により原告らのこうむつた損害を賠償すべき義務がある。

(四)  右により原告らのこうむつた損害は次のとおりである。

1  慰藉料 各金三〇〇万円宛

亡井上幸男は原告らのただ一人の男子であつて、昭和四五年三月に豊橋東高等学校を卒業後、名古屋大学文学部に入学し、修学中であつた。そして同大学卒業後高等学校の教師になる予定であり、学力優秀、身体強健であつたから原告らは右同人の前途に大きな希望を託していたのであるが、一朝にして右同人を失つた精神的苦痛は重大であり、この慰藉料は前記金額をもつて相当とするものである。

2  亡井上幸男の得べかりし利益の相続分各金四二二万一、四五〇円宛亡井上幸男は大学を卒業後、高等学校の教員になることを希望しており、その免許を受け、就職できる資性は充分に有していたものであるそして愛知県下における県立高等学校教諭の初任給は一カ月金四万八、四〇〇円であり、これから同人の生活費一カ月金一万六、〇〇〇円を控除し、更に四・八カ月分の賞与を加算すると、右同人の一カ年の得べかりし利益は金六二万一、一二〇円となる。しかして同人は二三才から六三才までの期間就労できるので、ホフマン計算により年五分の割合の中間利息を控除すると、同人の得べかりし利益の現価は同人の昇給の点はおいても金一、三四四万二、九〇〇円となるわけである。

そして原告らは右の金員の二分の一宛を相続したものである。

3  しかして原告らは自動車損害賠償責任保険から金五〇〇万円を受領しているので、右の金員を原告らの損害額から控除する。

(五)  よつて原告らは被告ら各自に対して以上の損害額の内金六〇〇万円宛とこれに対する訴状送達の翌日である被告加藤行二に対しては昭和四七年四月一日から、その余の被告らに対しては同月三日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  請求の原因に対する答弁

(一)1  請求の原因(一)1ないし5の事実は認める。

2  同6の事実は争う。

(二)  同(二)の事実は争う。

(三)  同(三)の事実は争う。

被告加藤行二は、息子の訴外加藤俊雄に本件自動車を貸与したものであつて、これが訴外白井昌弘に貸与され、被告仲山徹方前に駐車してあつたところ、同被告が無断で運転したものであるから、このように被告加藤行二(本件自動車の保有者)と全く無関係な者が無断で自動車を運転して事故を起した場合には、被告加藤行二は運行供用者としての責任はない。

(四)1  同(四)1について、

慰藉料は死者を基準として一人につき金三〇〇万円とすべきであり、この額は相続人の多少によつて増減しないものである。なお本件においては具体的な額について後記過失相殺がなさるべきである。

2  同2について

逸失利益の算定にあたつて扣除すべき生活費は五〇%とすべきであり、原告らの主張するように金一万六、〇〇〇円という金額は低きに失するものである。

また父母が子の死亡によつて受ける損害は子の一生の純収益ではなく、子が収入を得るに至る時期から父母が死亡するまでの余命期間中の純収益と解すべきである。本件についていえば、原告井上定吉は五六才であるからその平均余命は一八年であり、亡井上幸男が収入を得るであろう時期は三年後であるから、右の逸失利益の算定の基礎となる期間は一五年間である。両親の平均余命を超えて子の一生の純収益を相続するという擬制は正しくないと考える。

(五)  同(五)の事実は争う。

五  抗弁

亡井上幸男は被告仲山徹が無免許であることを知りながら同被告に対し「自動車学校に通つているなら運転技術を見せろ」と要求して自ら助手席に入り込んで運転をせまつたものであつて、右は無免許運転の教唆、幇助である。そして本件交通事故は右の被告仲山徹の無免許運転が原因となつて発生したものであり、このような被害者側の過失は損害額の算定にあたり六〇ないし六五パーセント程度の割合でしんしやくさるべきである。

六  抗弁に対する答弁

抗弁事実は争う。

七  証拠関係〔略〕

理由

一  請求の原因(一)ないし5の事実は当事者間に争いがない。

そして原告らが本件事故で死亡した井上幸男の父母であることは弁論の全趣旨により明白である。

そこでまず本件事故の態様及び被告仲山徹の過失の内容について検討する。

(一)  〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。

本件事故を起した自動車は被告加藤行二が保有していたものであるが、本件事故のあつた昭和四五年九月当時は、もつぱら同被告の子である訴外加藤俊雄が通学用等に使用していた。しかるところ同年九月二四日頃亡井上幸男と被告仲山徹が訴外加藤俊雄に対して右自動車を貸してほしい旨申し入れてきた。しかし同日右同人の不在中に右の申入があつたので同人は訴外白井昌弘が右自動車を貸してほしい旨申し入れてきたものと考えて、同月二五日朝右自動車を運転して右同人方へ赴いた。しかし右同人は両親から他人の自動車を借りてはいけない旨を注意されていたので訴外加藤俊雄に対して被告仲山徹方へ行つて待つているように指示したので、訴外白井昌弘は右自動車を運転して同被告方へ赴いた。そして同所で右白井昌弘は訴外加藤俊雄とおちあい、同人の自動二輪車を借りて、同人に右自動車を貸すことにした。そしてエンジンキイを右自動車につけたまゝ右同人らは被告仲山徹と、同被告方前路上で話し合つていた。そこへ井上幸男が登校するべく家を出ていたのであるが、右同人は運転免許を有しており同被告がその頃自動車学校に通つて運転免許を取得しようとしていたことを知つていたので、同被告に対し運転技術を見せるよう要求し、自ら右自動車の助手席に乗車し、同被告が右自動車を運転することになつた。そして同被告は右自動車を運転して時速五〇キロメートルで前記日時場所を南進中、対向車と幅員約四・七メートルの道路ですれちがう際、ハンドル操作を誤り、左側にハンドルをきりすぎたゝめ、右自動車を左前方に滑走させて左前部附近を道路左端にある電柱に衝突させ、その衝撃により亡井上幸男に前記傷害を負わせた結果、同人を同月三〇日午後二時五五分頃死亡するに至らしめたものである。

以上の事実が認められ他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  右の認定事実によると本件事故は被告仲山徹のハンドル操作の誤りという過失によつて生じたものであるということができる。

しかし一方亡井上幸男は右同被告の無免許であるのを知つて同被告の運転する前記自動車に同乗したものであるから、亡井上幸男の右の行為は過失相殺における被害者の過失として損害額の算定にあたり六割程度をしんしやくすべきである。

二(一)  原告らは被告仲山寛(被告仲山徹の父)に対して民法七一四条による責任を追求している。

しかして同条による監督義務者に損害賠償責任があるというがためには同法七一二条、七一三条により行為者が責任無能力者であることを要するものである。

そして〔証拠略〕によると被告仲山徹は本件事故当時一九才の未成年者であつたことが認められるが、同被告のような年令の未成年者は、知能が特に低い等の特段の事情が認められないかぎり、行為の責任を弁識するに足る知能を有しているものと推認するのが相当である。

(二)  次に原告らの同被告に対する請求は同被告の被告仲山徹に対する監督義務違反によつて同被告が本件自動車を無免許運転したことにより、本件事故が発生したものであることを前提として民法七〇九条による責任を追求していると解する余地があるのでこの点について考えてみる。

責任能力のある未成年の子が交通事故を起した場合において、親に監督義務違反があり、これと右事故との間に相当因果関係があれば親は民法七〇九条によつて被害者の損害を賠償する義務を負うものと考えられる。けだし民法七一四条は責任無能力の場合についてのみ規定しているのであり、同法七〇九条の責任を排除するとまで解釈すべき必然性はないからである。

しかし右の親の責任を肯定できる相当因果関係があるというためには、親の監督義務違反と事故の発生の間に具体的な因果関係(例えば親が子の運転行為を同乗等により現認していた場合、子に従来事故歴があるのに子の運転を禁止しなかつた場合等)があることを要件とすると解すべきである。

ところで親は子に対して一般的に無免許運転をしてはならない旨を注意すべきはもちろんであるが、右の注意義務は本件の被告仲山徹のような満一九才に達している子に対しては、かなり緩和して考えるのが相当であり、本件において被告仲山寛が同仲山徹に対して右のような一般的な注意義務を怠つていたとしてもそのような場合にまで親に対して民法七〇九条の責任を問うことは公平の見地からいつても相当ではないといわなければならない。

(三)  したがつて原告らの被告仲山寛に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  次に被告加藤行二は本件自動車が本件事故を起した当時右自動車の運行供用者ではなかつた旨を主張するので、この点について検討する。

同被告が本件自動車の保有者であつたこと、同被告は右自動車をもつぱら訴外加藤俊雄に使用させていたことは前記のとおりである。しかして前記事実関係によると被告仲山徹は右訴外人の友人であるから、本件自動車の運行に関して運行供用者の指揮監督ないし指示・制禦の下にあつたものと考えられるから、同被告が右自動車の運行を開始しても間もなく訴外加藤俊雄に右自動車を返還することが予定されていたことが推認されることに照すと被告加藤行二は本件自動車の運行支配を喪失していないものといわざるを得ない。

したがつて同被告は本件自動車の運行供用者であるといわなければならない。

四  そうすると被告仲山徹、同加藤行二は原告らのこうむつた損害を賠償する義務があるから以下原告らの損害額について判断する。

(一)  〔証拠略〕によると亡井上幸男は原告ら夫婦の長男であり、死亡当時名古屋大学文学部の一年に在学中であり、右亡井上幸男は大学卒業後高等学校の教員になる意思を有していたこと、右同人は十分にその資質があつたこと原告らは本件事故により右同人を失つたことにより多大の精神的苦痛を受けたことが認められる。

しかして右の精神的苦痛に対する慰藉料は本件にあらわれた一切の事情を勘案して原告らにつき各金一〇〇万円宛とするのが相当である。

(二)  次に右の認定事実によると亡井上幸男が大学卒業後愛知県下の公立高等学校の教員になる可能性はかなり高いものがあつたと考えられるので右同人の得べかりし利益は本件事故のあつた昭和四五年当時の愛知県の公立高等学校の大学卒の教員の初任給を基礎として算定するのが相当である。

しかして愛知県人事委員会規則によれば昭和四五年当時の大学卒の教員の初任給は一カ月金四万二、二〇〇円であり、これに年間四・八カ月分の手当が支給されることになつているのである。

ところで亡井上幸男が現実に稼働する期間は満二三才から四〇年間と考えられるので同人の得べかりし利益の算定においてホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除する算式は次のとおりである。

X= + +……… (但しXは得べかりし利益の現価、Aは右同人の一年間の収入から生活費を控除した金額、は〇・〇五)

そして右同人の一年間の収入は金七〇万八、九六〇円であり、同人の生活費は五割とするのが相当であるからこれを扣除すると同人の一年間得べかりし利益は金三五万四、四八〇円となるわけである。この金額に前記ホフマン方式で中間利息を扣除すると同人の得べかりし利益の現価は金七〇四万六八八五円(一円以下切捨)となるが、右金額について前記過失相殺をなし、金二八一万八、七五四円に減額する。

(三)  そして原告らが自動車損害賠償責任保険から金五〇〇万円を受領していることは原告らの自認するところであるから、右の(一)(二)の損害額の合計額から右の金五〇〇万円を損益相殺として控除すると、原告らの損害はすべて右の保険金によつて賠償されており、本訴において請求できるものは存しないことになるわけである。

五  してみれば原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、失当として棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋爽一郎)

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